三尸(さんし)の虫
男は若いときに腹に毒がたまる奇病にかかり、手を尽くしたがどうしても治し方が分からない。ある時、睢山(すいざん)に阮丘という道士の噂を聞きつけ、何とかならないかと頼み込んだ。
道士は不憫に思い、三尸の虫を取り除ければ治る。それどころか仙人となって長生きできるというではないか。
三尸の虫は上尸、中尸、小尸のこと。小さな子どもや牛の姿をしている。
人間が生まれた時から体内に居て、庚申の日の夜になると寝ている間に天に上るやいなや、その人が行っていた悪事を包み隠さず神様に申告するという。
そしてそれを聞いた神様は、罪に応じて寿命を削るのだそうだ。
この虫を取り除くということは寿命を延ばすことに直結すると道士は考えているのだった。
朱はもし取り除いてくだされば三十年間お仕えしお世話をさせていただきますと言うと、道士は七種の原料を用いた丸薬を毎日九粒ずつ飲むよう言いつけた。
そして百日後、朱は体液を数升ほども吐き出した末、病気に悩まされることはなくなったそうだ。
道士はあとは『黄庭経』を一日三回読み理解すれば仙人になれると言った。
朱と道士は八十年ほど浮揚山の玉女祠(ぎょくじょし)に居たが別れたのち家に帰ってきたかと思えば数年で姿を消してしまい、その後を知る者はいないという。
【関連用語】道教、腹の虫、虫の知らせ、『抱朴子』、庚申待、『歴世真仙体通鑑』、『雲笈七籤』
【補足】
寿命に直結する三尸の虫をどうにかしようと当時の人達は躍起になったらしい。そもそも悪事をなさないようにすればいいのだが、わかっちゃいるけどやめられないのか。悪事がばれないように努力するようになったのはどこか微笑ましい。
そのうち一つが道士がさせたように三匹とも吐き出してしまうこと。そしてもう一つが庚申の日は徹夜して虫が出ていくすきを与えないというものであった。
この庚申の日は寝ないという習慣は平安からあったそうだが、規模を拡大したのは室町時代。仏教と結びつき多くの信仰を得たようだ。山王や青面金剛などのほかに日吉大社との縁が深く「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿も一緒に祀られていたという。
腹の虫、虫の知らせ、癇の虫など人間の中に暮らす虫の話は意外と多い。
その根拠は寄生虫ではないかと言う説もある。
寄生虫がほとんどいない現代ならもう関係ないかと言うとそうでもなく、虫ではないが人間の腸内細菌は人間の細胞数およそ60兆個よりも多いとさえ言われている。人間が生きているというのは同時にそれ以外の多数の集まりで成り立っていることになる。そんな微生物たちが私に何かメッセージを伝えてくるようなこともあるかもしれない。